取材日:令和2年3月14日(土)

取材者:埴原有希士 

 

 今回は非常に楽しみにしていた対談です。岐阜羽島駅から徒歩圏内にある「淺野鍛冶屋」を営む刀匠の淺野房太郎さんです。

 日頃武術の修行において真剣を用いる事があるのですが、今まで意外と現代に生きる刀匠の方と交流する機会がほとんどありませんでした。

 今に生きる刀匠の、生きた考えをお届けできればと思います!

 

刀匠 浅野房太郎さんプロフィール

 

2004年岐阜県関市にて創業、2006年岐阜県羽島市に鍛錬場を移転。2012年フランスでの日本刀公開鍛錬を皮切りに国内外から招聘され、世界各地の鍛冶職人・学芸員・研究家と国際交流を実施。世界最古の技法と最高峰の鍛冶技術をもち日本の刀鍛冶が必要とされており、刀匠本人の知識力と探検心で鋼の研究等に協力しています。

 

「和鍛冶技法に特化した商品の開発」「世界最高峰の鍛冶技法の技術協力」「後継者育成活動」「国際社会への日本刀文化の普及活動」「地域社会への貢献」

 

1997年 25代藤原兼房の元で弟子として修行

2004年 岐阜県関市にて創業

2005年 カナダにて日本刀公開鍛錬

2006年 岐阜県羽島市に鍛錬場を移転

2012年 高岡クラフトコンペティション グランプリ

2012年 フランス(洗心館道場20周年記念行事招聘)日本刀公開鍛錬

2012年 フランス(国際刀剣会招聘)日本刀公開鍛錬

2013年 個展「かぬちの技」(かさじゅう)

2013年 カナダ(Tamahagane art主催)鍛造技法指導

2013年 アメリカ(メタルアーティスト対象)日本刀公開鍛錬

2013年 アメリカ(ミネソタ大学招聘)日本刀講演

2014年 フランス(世界遺産シタデル・デ・ブザンソン招聘)日本投稿会鍛錬

2015年 東急ハンズ名古屋高島屋店にて刃物・鍛冶道具の販売開始

2015年 カナダ(Tamahagane art主催)鍛造技法指導

2015年 滋賀県(とんてんかん祭り鍛冶屋町招聘)日本刀公開鍛錬

2015年 淺野鍛冶屋にて鍛造ナイフ作り体験受け入れ開始

2016年 アメリカ(オレゴンより国際交流羽島市)公開鍛錬・鍛冶体験

2016年 カナダ(NAIT大学招聘)日本刀公開鍛錬・鍛冶体験

2016年 カナダ(Tamahagane art主催)鍛造技法指導

2016年 羽島市(なまずまつり)鍛冶体験出展

2017年 事業所・鍛冶場増設

2017年 日米共同開発研究所設立(アメリカ:シアトル)

2018年 作刀公開鍛錬プロジェクト「YUGO」(スイス:博物館 ESPACE HORLOGER)

 

 キャリアの割と早い段階から海外との交流と指導に目が引かれます。私が勝手に抱いていた刀匠のイメージとは異なり、アクティブで柔軟な印象を受けるご活躍ぶりに、ますます興味関心が高まります。

 

 甲州流柔術の門人が、最近24代藤原兼房氏の刀を購入していたことも、とても不思議なご縁でした。

 

 更に、この度他の門人が、実際に淺野さんに一振り打っていただいています。そのご縁での今回の対談です。ご縁の重要さをとても感じています。

 

寒さも残るこの日、新幹線の岐阜羽島駅に降り立ちました。

 

まず目の前に広がるのが、とてものどかな風景で、先ほどまで東京に居たので、そのギャップに心が和みます。

 

本日の対談は、今回の案内役でもある門人の斎藤誠刀くんと共に行います。

斎藤くんは現在淺野さんに自分の刀を一振り打っていただいています。本日はその進捗状況の確認も兼ねての訪問となります。

 

斎藤くんとは改札の外で落ち合いました。

淺野鍛冶屋さんに向かう前に小休憩として雰囲気の良い喫茶店に立ち寄ります。

 

余談ですが私は対談させていただく方の事は、事前に極力調べずに伺うようにしています。おかしな先入観を持ちたくないからと言う理由からです。

 

面と向かって、お互いが本当に心から思う事を話す、意見を交わすという事が重要だと考えているからです。

 

ですから今回の様に、多種多様なご縁で繋がっている場合は、既に入ってくる情報もあるのですが、やはりそれでも先入観は持たないように、、とシナモンコーヒーを賞味しながらまったりと過ごします。

 

斎藤くんとも雑多な話をしながら、時間になり、いよいよ淺野鍛冶屋さんに訪問です。

 

●刀匠としての歩み

 

埴原:本日は対談をお受けいただきましてありがとうございます。現代に生きる刀匠の方とは、お付き合いがほとんどありません。とても楽しみです。

また斉藤くんの刀の件ではお世話になっております。あれやこれやと注文を付けてしまって申し訳ありません。

 

淺野さん:いえ、気にしないでください。お客さんの注文を受けて、お客さんの欲しい刀を打つという事も、刀鍛冶の仕事だと思っています。こちらから刀についての正解を「押し付ける」のは違うかなと考えています。

 

埴原:そう言っていただけると嬉しいです。現代で刀匠を生業とするからには、少し堅苦しいというか、そんな方だったら大変だなと。柔軟な考えをお持ちなんですね。ますます対談が楽しみです!

 

淺野さん:ありがとうございます。こちらこそ楽しみにしておりました。遠いとこをわざわざお越しいただきありがとうございます。

 

埴原:早速ですが、いろいろお話聞かせてください。刀匠としてのスタートからお伺いしたいです。弟子入りしたご年齢はいくつでしたか。

 

淺野さん:師匠である25代藤原兼房の元に弟子入りしたのは20歳の時です。当時その位に弟子入りする方もいましたが、周りでは中学卒業と共に弟子入りした方が良いなんて声もあったりして、少し遅く感じる人もいるのかな位な感覚ですね。

 

埴原:なるほど。むしろ中学卒業は早く感じます。やはり職人という世界観ですね。独立まではいかがでしたか。

 

淺野さん:独立には5~6年程度は最低限掛かります。自分は修行して3年くらいすると、何となく刀を打つという事が掴めていたように感じていましたし、5年程して独立する時には、実は完全に天狗になっていました!

 

●独立と苦悩

 

埴原:その当時のご年齢で、しっかりとした年数に渡って修行を積んだわけですから、無理もない気はします。しかし、その仰り方からすると、独立後に苦労があったと?

 

淺野さん:その通りなんです。独立して、全てを自分で行うようになり始めて気付いたことがありました。それは、自分が師匠に甘えていたんだなという事です。それまでは、出来の良し悪しは師匠が判断してくれました。つまり師匠のOKが出れば、それですべて解決なんですが、独立後はOKを出してくれる師匠は居ません。世間に向き合わなければいけない。

 

埴原:本当に大変な事ですよね。趣味嗜好は人それぞれ違うわけですから、いわゆる「正解」という物は有って無いようなものですし、ご苦労が伝わってきます。

 

淺野さん:火床(ほど)で火をおこすための炭をこさえる「炭切り」という、比較的単純な作業ですら、段々と何が正解なのか分からなくなって来てしまう程で、切る時に手が震えました。本当に鼻をへし折られたような気分でした。

 

埴原:独立後の初のスランプと言ったところですね。ちなみにそんな時に、師匠にアドバイスを求めたりはしなかったんですか。

 

淺野さん:それは有りませんでした。何と言うか、独立後は甘えてはいけないという気持ちがありましたね。またそれだけではなくて、長年師弟関係として関わっていると、当然反感みたいなものも抱くようになります。自分ならもっとこうするのに!という様な。

 

埴原:職人の師弟関係には、やはり色々あるんですね。ではどの様にしてスランプを脱したんでしょうか。

 

●研究とオリジナリティの確立

 

淺野さん:私は、実は少し頭でっかちと言うか、よく言えば勉強熱心問う事になるんでしょうが。そんな性格なんです。

ですから、伝統を追わないといけない、知識を身に付けないといけない、と当時の文献や参考資料を読み漁っていた時期があります。そうして研究に没頭しました。

 

埴原:鎌倉時代などの所謂「良かった」と言われる刀の再現に取り組んでいる研究者も多いですね。それはそれで大変有意義な活動だと思います。

 

淺野さん:私もそう思います。ですが、私にとってはこれが良くなかった(笑)

当時の自分の事を「インフォメーションコレクター」と表現しているんですが、正しいと言われているものを追いかけていたんです。権威や伝統に縛られて、過去の名刀を追いかけすぎて、それが自分自身の足枷になりました。だから余計に良い刀が打てなくなりました。

 

埴原:いわゆる権威付けされた、過去の刀の有り方に縛られてしまったんですね。それが全く正しくて、それ以外は間違いであるという様な強迫観念と言う感じでしょうか。

 

淺野さん:そんな感じですね。そこからは大変で、大体5年くらいそんな風に勉強熱心な時期があったんですが、そこで覚えた知識は一旦忘れようと決心しました。

これは個人的な考えですが、5年かけて覚えた知識を完全に忘れるには、同じだけ時間が掛かりましたね。参考文献なんかほら、もっと一杯あったんですよ。(書棚を見ながら)

 

 

埴原:そうした苦悩の時期を踏まえて、淺野さんの個性が出てくるんですね。

私も武術の指導の際にお伝えするのですが、一つの流派に学んでも、年齢、性別、生まれ、性格など、人は様々な異なった要素を持って生きている以上、同じ人間にはなれない。だから、最終的には自分自身のオリジナリティというか、個性の確立も重要な要素だと。

 

 

淺野さん:その点は私も同感です。独立してすぐは、師匠の真似をしていたんですが、同じ道具、同じやり方でも、同じく良い物を作る事が出来ない。正直言って、負けた気分でした。ですが、師匠の刀の持ち味そのものが「個性」の賜物なんだと気付いたんです。修行を積んで、技術を備えて、そして最後に残った癖みたいなもので、そもそも真似をする事は無理だし、意味がない事なんだと。

 

埴原:苦悩の時期は無駄ではなかった訳ですね。うちの武術もまさに同じで、その様に、教えられる知識としてではなく、自分自身で悩み、時には失敗して得た教訓や技術を「体得」と呼んで、重宝しています。そこに価値があると。

 

淺野さん:その点も共感できます。そしてそれ以降は、師匠とは異なる刀を目指して精進しました。そうしているうちに、ある時師匠に刀を見て頂いた時に

「これ凄く良いぞ。俺のより良いんじゃないか」

そんな風に褒めていただく機会があって。本当に嬉しかったのと、肩の荷が降りたような気持でした。

 

埴原:それはとても嬉しい言葉ですね。独立したからには、対等でライバルだと。そんなライバルだからこそ、自分なりの個性で勝負してほしいと考えていらっしゃるのかもしれませんね。

 

淺野さん:ライバルだと思ってもらえるのは、今ではとても嬉しいですし、自分の弟子にも、独立時には同じ様に伝えると思います。ようやくそこまで来れました。

 

●刀剣商の未来

 

埴原:話は変わりますが、お子さんがいらっしゃいますが、お子さんに後を継いで欲しいとお考えですか。

 

淺野さん:私の場合、継がせたいよりも、本人のなりたい、が大事だと考えています。

そういう意味で言うと、なりたい職業に感じてもらえるように、自分が頑張らないといけないと思っています。例えば、現在実際に活動している刀鍛冶は、せいぜい60~70人位かと思います。統計の取り方にもよるので、断言できませんが。ですが少なくとも食べていけているのは本当に一握りと言えます。そんな状況で、自分の子供に継がせたいかと聞かれれば、NOですね。

 

埴原:とてもよく分かります。刀匠が特殊性の高い職業である事は確かだとしても、やはり現代で生きる以上は、一定の水準はクリアしていないと、生活は成り立ちませんからね。

 

淺野さん:そうです。相応の収入があって、例えば女性にモテるでも、楽しそうな暮らしをしているでも何でも良いんですが、多くの人が自然とそうなりたいと思えるような仕事である事が大事だと思います。これは別に普通の職業でも、刀匠でも同じことだと思います。

 

埴原:分かります。例えば武術であっても、私生活や仕事は上手くいっていないけど、実は武術をやらせればすごいんだぞと。そんな日常が上手くいっていない免罪符の様に、武術を口実に逃げて欲しくないなと思います。

伝統的な世界は、そういった特殊性や神秘性を敢えて持たせようとする傾向が強いように感じます。それが自分たちの首を絞めて、衰退に繋がっていっているにも関わらず。

 

淺野さん:自分はそういった古い体質からは抜け出して、いろんな活動をしたいと考えてきました。その一つが、海外におけるデモンストレーションなどです。

 

 

●海外との交流

 

埴原:海外に招聘されて、精力的にご活躍されていますね。きっかけは何だったんでしょうか。

 

淺野さん:海外での指導を開始した当時、円高の影響で中国製の日本刀もどきが海外で出回っていました。そこで、現地で、本物の良さを広めるために始めた事がきっかけデモンストレーションを行いました。

この時一つ気付いた事があったんですが、現地の鍛冶屋の技術水準の高さに驚かされました。

日本の刀鍛冶の技術が優れているという事に異論はありませんが、海外の鍛冶技術も相応に高い。だからこそ、海の向こうから、例えば文字だけで伝えても伝わらないだろうなと。だからこそ、本当に日本刀の良さを広めようと思ったら、現地でのデモンストレーションや直接指導が必要だなと思いました。

 

埴原:そうだったんですね。本当に活動的ですね。ではそれらの活動を経て、手ごたえはいかがですか。

 

淺野さん:現地で直接指導した人数は100名を超えますが、皆さん、日本刀の魅力を本当によく理解していただいて、逆に生半可な気持ちでは作れないなと感じてくれています。作るのであれば、本腰を入れて取り組む、そういう技術であり、それが日本刀なんだと。

 

埴原:何だか嬉しいですね。上っ面ではない、本当の理解があるように思います。

 

淺野さん:正しく魅力を理解してくれる方を一人でも多く増やすために、今後も活動していきたいと思います。

 

 

 

 埴原:そんな淺野さんに刀を打っていただける斎藤くんが羨ましく思います。本当に仕上がりが楽しみです。自分の刀ではないのですが(笑)

 

淺野さん:よろしかったら、ぜひご発注ください(笑)

ひとまずはしっかりと打たせていただきます。仕上がりを楽しみにしていてください。

 

埴原:ありがとうございます。よろしくお願いいたします。

また、本日は長い時間対談にご協力いただきましてありがとうございました。

本当に楽しい時間でした!

 

淺野さん:こちらこそ、大変楽しい時間でした!

ありがとうございました。

 

 <対談の感想>

現代を生きる刀匠は、大変希少な存在です。なかなか交流する機会もなく、様々なイメージもお持ちな方は多いと思います。

淺野さんは非常に論理的で、かつ柔和な性格で、何となく心根も共通する部分が多いように感じられました。その為、非常に楽しい対談となり、ついつい時が経つ事を忘れてしまう。そんなひと時でした。

今後も、様々な形で、関わっていきたい。そう思える一日となりました。